「人に嫌われることより、困らせることが嫌だった」
自分の気持ちを引っ込めていた理由
嫌われることが怖かったわけじゃないんです。
「この人とは合わないな」
と思われることには、そんなに抵抗はありませんでした。
でも。
相手を困らせることは、苦手でした。
何かを断るときも。
自分の希望を伝えるときも。
「嫌われたらどうしよう」
ではなくて、
「困らせたらどうしよう」
って、考えていたんです。
「困らせたくない」の裏にあるもの
相手が困った顔をすると、
なぜだか落ち着かなくなる。
不機嫌そうな表情をされると
とっても不安な気持ちになる。
申し訳ない気持ちになる。
だから、
困らせるくらいなら、
わたしが我慢したほうがいい。
そんなふうに思っていました。
ガッカリさせたくなかったから…
「ちゃんとできたかな」
そう思えると、すこしホッとする。
相手に喜んでもらえたり、
安心した顔を見られたりすると、
わたしもうれしくなる。
路をゆずったり、相手を優先したりするのも、その方が相手がホッとしてくれる気がするから。
でもその安心感の裏で、
すこしずつ、自分の気持ちが小さくなっていったのかもしれないです。
本当は気が進まないけれど、断れない。
本当は違うことをしたいけれど、ガッカリさせたくない。
そうやって積み重ねていくうちに、
自分の希望を伝えること自体が、
なんだか申し訳ないことのように感じてしまっていくんです。
「困らせる」は、すべてが悪いことじゃない
ここで、すこしだけ視点を変えてみます。
誰かに「ちょっと困ったよ」と言われたとき、
その人のことを嫌いになるでしょうか?
そんなこと、ないですよね。
逆に「申し訳なかったな」って思ったりはすると思うけれど。
人と関わる以上、
多少の調整や、ちょっとした困りごとは、
当たり前に発生します。
それを避けようとし続けると、
関わり自体が、どんどん薄くなっちゃう気もします。
自分の気持ちや希望を伝えることは、
相手を困らせることじゃなくて、
ちゃんと相手と向き合おう、って、
関わろうとしていることでもあると思います。
「困らせたらどうしよう」と思ったとき。
一呼吸置いて、自分の心に聞いてみてください。
それは、本当に相手のためかな?
それとも、
相手を「困らせてしまう自分」に苦しくなって、
ソワソワしているだけかな?
…こたえは、どちらでも大丈夫です。
どちらも、自分の気持ちだから。
ただ、そのときの自分の気持ちがどうかなって、気づくだけで、
納得できて、すこし、肩の力が抜けるかなって。
自分の希望や意思を伝えることは、
わがままでも、相手を困らせることでもなくて。
「わたしもここにいていい」と、
自分の居場所を確認できることなのかもしれないなって、思います。
もしも、
「わたしも、嫌われること、というより困らせるほうが苦手かもしれない」
そんな感覚がある方は、よかったら教えてください。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
ここは、ずっと気を張ってがんばってきた人が、
少し肩の力を抜ける場所になれたらいいなと思って書いています。
「自分の気持ちが分からなくなってしまった日」に、
また思い出してもらえたら嬉しいです。
なのの|本音を取り戻す言葉



なのたんは、優しいですね✨
最近行けてないですが、なのたんのスペースを聞いていると、心地よくて、ついつい聞いていたくなります。
優しさが隠しきれず滲み出てます🫶
素敵です!魅力的な人だと思います✨
なのたんの持ち味✨才能✨と思います🥰
なののさん、はじめまして!
わたしも、困らせるが怖いタイプです🥹
だからこの記事、すごく刺さりました!
でも自分の気持ちを伝えることは、わがままじゃないんですよね!
その言葉に少し気が楽になりました🌸